水
17
8月
2011
「知の資源~和紙のデザイン(森島鉱史 著」という書籍があり、その巻頭に坪井則子氏(佐野美術館学芸課長)が書かれた素晴らしい文章があったので、記憶に留めるべく、ここに転記させていただきます。
木から和紙の材料をとる時、
職人たちは木の株を残して枝だけをとり、
木そのものを絶やすことはない。
草を原料とするときは、1年で再生するものを選ぶ。
それは、自然から紙をいただくという敬虔な気持ちと、
自然と共に生きていくための知恵でもあった。
和紙の、優しい中にもどこか引きしまった厳しい表情は、
冷たい水に何度もさらされることから生まれる。
人は、水の力を借りて紙という美を生みだす。
全ての生命にとって欠くことのできない水。
紙にいのちを吹き込むのも、また水の仕事である。
和紙がまだ木や草であったときに、
暖かく育んでくれた太陽の恵みの、最後の仕上げは
紙を乾かすこと。
紙は太陽の光を受けて初めて形になる。
自然が人の手を経てひとつの「もの」に変化する瞬間である。
和紙に死というものがあるならば、
それは役目を終えて土に帰ることではないだろうか。
その土からは、また新しい草木が生まれ、
次の紙の誕生へとつながっていく。
それは死と再生を繰り返す、生命の縮図であろう。